朝靄が薄く立ちこめる那須高原の18番ホール。
風は微かに頬を撫でていく。
私がキャディとして初めて立ったこのグリーンで、父が静かに口にした「風が変わると、人も変わる」という言葉の意味を、今ようやく理解できるような気がしている。
ゴルフには「攻める」と「守る」という二つの戦略がある。
この選択こそが、18ホールという長い道のりを歩む上での最も重要な判断となる。
設計者の視点で見ると、どのホールにも必ず意図がある。
攻めさせたい場所、守らせたい場面、そして選択を迫る瞬間。
30年間、20以上のゴルフ場に関わってきた中で気づいたのは、優れた設計者ほど「攻める勇気」と「守る知恵」の両方をゴルファーに与えているということだった。
設計者の心を読み取ることができれば、きっとあなたのゴルフは変わる。
コース設計者の目で見る戦略性
地形と風を読む:自然が決める”攻め時”と”守り時”
秋風が吹き抜ける丘陵コースを歩いていると、設計者がいかに自然と対話しながらホールを生み出していったかが見えてくる。
風の通り道、水の流れ、そして太陽の軌道。
これらすべてが、ゴルファーに「攻める」か「守る」かの選択を迫る要素として計算され尽くしているのだ。
例えば、追い風が吹く打ち下ろしのパー4。
設計者はここで「飛ばしたい」という欲望を刺激する。
しかし同時に、グリーン奥には必ずと言っていいほど罠が待っている。
バンカー、池、あるいは急激な下り斜面。
これは決して意地悪ではない。
ゴルファーに「この風をどう使うか」という戦略的思考を促しているのである。
設計者がよほどサディスティックな人物でない限り、必ず攻略ルートは存在するという言葉通り、どんなに困難に見えるホールでも、必ず複数の道筋が用意されている。
向かい風の日は無理をせず、刻んで確実にパーを取りに行く。
追い風の日は思い切ってピンを狙いに行く。
このような自然との対話こそが、コース設計者の真意を理解する第一歩なのだ。
隠れた罠と誘導:設計者が仕掛けた心理的トリック
夕暮れ時のティーグラウンドに立つと、フェアウェイが微かに光って見える。
しかし、この美しい光景の裏には、設計者の巧妙な心理戦が隠されていることが多い。
視覚的に広く見えるフェアウェイの左サイド。
実は右のラフよりもはるかに狭く、OBラインが迫っているかもしれない。
逆に、窮屈に見える右サイドが実は最も安全で、次のショットも打ちやすい位置につながっている場合もある。
これは「視覚的誘導」と呼ばれる設計手法で、多くの名コースで採用されている。
ゴルファーの心理を読み切った、まさに芸術的な仕掛けと言えるだろう。
また、バンカーの配置にも深い意味がある。
一見すると避けるべき障害物に見えるバンカーが、実は風から球筋を守ってくれる「味方」として機能することもある。
設計者は、ゴルファーに「見た目に騙されず、本当のリスクとリターンを見極めて欲しい」というメッセージを送っているのだ。
私が支配人を務めた名門コースでは、多くのゴルファーが同じ場所でミスを重ねていた。
しかし、設計者の意図を理解している上級者は、その「罠」を逆に利用して好スコアをマークしていた。
コースを読むということは、設計者との無言の対話なのである。
グリーンの個性:読み切れない転がりの理由
トータルスコアの約40パーセントは、グリーン上のパット数が占めているという数字が示すように、グリーンこそがゴルフの真骨頂である。
そして、グリーンにこそ設計者の個性が最も色濃く現れる。
朝露に濡れたグリーンを歩きながら、その微細な起伏に手のひらを当ててみる。
1度にも満たない傾斜の変化が、ボールの行方を大きく左右することがある。
これは偶然ではない。
設計者が意図的に作り出した「読み切れなさ」なのだ。
あるホールのグリーンは、手前から奥に向かって緩やかに上がっている。
一見すると受けグリーンで易しそうに見える。
しかし、グリーン中央部分だけ微妙に左に傾いており、カップ位置によっては極めて複雑なラインを描くことになる。
これもまた、設計者からの問いかけである。
「このグリーンの真の姿を、あなたは読み取れますか?」
グリーンの個性を理解するには、まず設計者の哲学を知ることが重要だ。
コースは美しく戦略的でなければならないという井上誠一の言葉に代表されるように、日本の名設計者たちは単なる難しさではなく、美しさと戦略性の両立を目指してきた。
その結果生まれたのが、読み応えのあるグリーンなのである。
「攻める」ゴルフ場攻略術
リスクとリターン:どこで勝負に出るか
夏の強い日差しが照りつける午後のティーグラウンド。
汗を拭いながら、私は同伴競技者に問いかけることがある。
「このホールで、あなたは何を得たいですか?」
攻めるゴルフとは、闇雲にピンを狙うことではない。
それは計算されたリスクテイクなのだ。
10回のうち8回成功できるショットは挑戦してもよし。それ以下の場合は常に違うプランを考えるという原則を、私は常に心に留めている。
例えば、池越えのパー3。
ピンまで150ヤード、池までは140ヤード。
普段なら確実に届く距離だが、今日は向かい風が強い。
このような状況で、真の攻めるゴルフを理解しているゴルファーは、一つ大きめのクラブを選択する。
確実にキャリーさせることで、結果的にピンに近づけるのだ。
これは「攻守一体」の考え方である。
リスクを取ることと、無謀になることは全く別の話だ。
攻めるべき場面を見極めるには、以下の要素を総合的に判断する必要がある。
- 自分の調子とコンディション
- 天候と風の状況
- コースの状態
- スコアの流れ
これらすべてが揃った時、初めて「攻める」選択が正当化される。
設計者も、そのような瞬間を作り出すためにホールを設計しているのだ。
攻め所の見極め:距離だけではない選択
黄昏時のフェアウェイを歩いていると、ゴルフの本質が見えてくる。
攻めるべき場所は、必ずしもピンではない。
時には、次のショットが最も打ちやすい場所こそが、真の攻め所となることがある。
ドッグレッグの効いたパー5の2打目。
グリーンまで残り200ヤード、左右にはバンカーが待ち受けている。
多くのゴルファーは「どうやってグリーンを狙うか」を考える。
しかし、設計者の意図を理解しているプレーヤーは、まず「3打目から最も楽にピンを狙える場所はどこか」を考える。
グリーン手前100ヤード地点の、わずかに右寄りのエリア。
そこは3打目で様々な番手が使え、どのピン位置に対してもアプローチしやすい。
これが本当の「攻め所」なのだ。
また、風の影響を逆手に取ることも重要な戦略となる。
横風が強い日のロングホール。
多くのゴルファーは風に逆らおうとするが、上級者は風を味方につける。
意図的に風上に打ち出し、風に押されながら目標地点に運ぶ。
これにより、飛距離と正確性の両方を手に入れることができる。
攻め所の見極めには、「距離」「角度」「次打の優位性」という三つの要素を常に意識することが大切だ。
設計者は、これらすべてを考慮に入れてホールを作り上げているのである。
スコアメイクの鍵:ティショットの狙いと落とし所
朝一番のティーショット。
静寂に包まれたコースに、クラブがボールを捉える音だけが響く。
この瞬間にこそ、一日のスコアの行方が決まると言っても過言ではない。
設計者の視点で考えると、ティショットの落とし所は単なる「飛距離の結果」ではない。
それは「次のショットへの布石」なのだ。
例えば、グリーンが右に向いているパー4。
ティショットを左サイドに置くことで、グリーンを正面から攻めることができる。
逆に右サイドから攻めると、グリーンを横から攻めることになり、難易度が格段に上がる。
このような設計意図を読み取れるかどうかが、スコアメイクの分かれ道となる。
また、フェアウェイの幅も重要な情報源だ。
設計者は、攻めて欲しい場所を広く、慎重になって欲しい場所を狭く作る傾向がある。
幅の狭いフェアウェイは「ここは正確性を重視せよ」というサイン。
幅の広いフェアウェイは「思い切って飛ばしても大丈夫」というメッセージなのだ。
私が取材で回った数多くのコースでは、以下のようなパターンが見えてきた。
- 打ち下ろしのホール:落とし所でフェアウェイが狭くなっている
- 打ち上げのホール:落とし所周辺が最も広くなっている
- ドッグレッグのホール:内側を攻めるほど次が楽になる
これらは偶然ではなく、設計者の明確な意図なのである。
「守る」ゴルフ場攻略術
トラブル回避のルート:安全策はどこにあるか
小雨がパラつく午後のラウンド。
こんな日こそ、守りのゴルフの真価が問われる。
設計者は、攻めのルートと同じかそれ以上に、守りのルートにも心を配っている。
なぜなら、ゴルフは「大叩きをしない」ことこそが、良いスコアへの最も確実な道筋だからである。
池やバンカーが目立つホールでも、必ず「安全地帯」が存在する。
設計者は全ての競技者に使用される複数のルートを提供することを基本としており、上級者向けの攻めのルートと、初心者でも安心してプレーできる守りのルートを用意している。
例えば、池に囲まれたアイランドグリーンのパー3。
多くのゴルファーは池に気を取られがちだが、実はグリーンの奥やサイドには比較的安全なエリアが設けられていることが多い。
そこから寄せワンを狙う方が、池ポチャするリスクを考えると遥かに賢明な選択となる。
また、フェアウェイバンカーも「完全に避けるべき障害」ではない。
設計者によっては、バンカーからでも次のショットが打ちやすいよう、意図的に浅く作られている場合がある。
このようなバンカーは、むしろ風や傾斜から球を守ってくれる「味方」として機能することもある。
守りのルートを見つけるコツは、「最悪の結果」から逆算して考えることだ。
- このショットが失敗した場合、どこに飛んでいくか
- そこからリカバリーは可能か
- 大叩きにつながるリスクはないか
これらを事前に確認することで、安心してスイングできる環境を整えることができる。
状況判断と柔軟性:クラブ選びの哲学
風が強まってきた夕方のセカンドショット。
残り距離は160ヤード、普段なら7番アイアンの距離だ。
しかし、今日は違う。
向かい風、ライはやや左足下がり、そしてピンは手前。
このような状況で、守りのゴルフを心得たゴルファーは迷わず6番、時には5番アイアンを選択する。
なぜなら、「確実にグリーンに乗せること」が最優先だからである。
残り距離だけでクラブを選択していては、いつまで経ってもスコアアップは望めないのが現実だ。
状況に応じた柔軟なクラブ選択こそが、守りのゴルフの真髄と言える。
設計者の視点で考えると、同じ距離でも要求される正確性は大きく異なる。
グリーンが小さく、周りがハザードだらけのホールでは、「確実に乗せる」ことが最優先。
逆に、グリーンが大きく、周りが比較的安全なホールでは、多少のミスは許容される。
このようなホールの性格を読み取り、それに応じてクラブと戦略を調整することが重要だ。
また、自分自身のコンディションも重要な判断材料となる。
調子が良い日は普段より攻めることができるし、調子が悪い日は普段より慎重になる必要がある。
これは決して弱気ではなく、賢明な判断なのだ。
私が見てきた上級者たちは、皆この「状況判断力」に長けていた。
彼らは決して無理をせず、常に「今日の自分」に最適な選択をしていたのである。
例えば、埼玉県毛呂山町にあるオリムピックナショナルの口コミを見ると、EASTコースでは「グリーンが難しくて戦略が必要」という声が多く聞かれる。
ピート・ダイによる設計は確かに challenging だが、同時に複数の攻略ルートを提供している好例と言える。
グリーン周りのマネジメント:一打を救う”守りの技術”
グリーン周りにボールが止まった瞬間。
ここからの1打が、パーとボギー、時にはダブルボギーの分かれ道となる。
設計者は、このエリアにこそ最も多くの「選択肢」を用意している。
パター、ピッチングウェッジ、サンドウェッジ、時にはアイアンでのランニングアプローチ。
どの選択が最も安全で確実かを見極めることが、守りのアプローチの要諦だ。
例えば、グリーンエッジから5ヤード、ピンまで20ヤードという状況。
ライは良好で、グリーンまで障害物はない。
このような場合、多くのゴルファーはウェッジでのピッチショットを考える。
しかし、守りを重視するなら、パターでのロングパットという選択肢も十分に検討すべきだ。
転がすことで方向性は格段に安定し、大きなミスをするリスクを大幅に減らすことができる。
また、バンカーからのショットでも守りの意識は重要だ。
ピンが近くても、無理に寄せようとせず、まずは「確実に出すこと」を最優先に考える。
バンカーから2打かけてでも、次でパーパットが残る位置に運べれば、それは十分に価値のある判断だ。
グリーン周りのマネジメントで最も大切なのは、「欲張らないこと」である。
- 確実にグリーンに乗せられるクラブはどれか
- 3パット圏内に寄せられる可能性は何パーセントか
- 大きなミスをした場合の被害はどの程度か
これらを冷静に判断し、最もリスクの低い選択をすることが、結果的に良いスコアにつながるのだ。
実践から見えたコースの本質
設計者が歩いた18ホール:体験取材からの考察
秋の午後、私は一人でコースを歩いていた。
プレーのためではない。
設計者の足跡を辿るためである。
キャディカートに頼らず、自分の足で18ホールを歩き切る。
すると、見えてくるものがある。
ティーグラウンドから見える景色、フェアウェイの微細な起伏、グリーンに向かう最後の100ヤードでの心境の変化。
これらすべてが、設計者の計算の内にあることがわかってくる。
あるホールでは、150ヤード地点から急に視界が開ける。
そこから見えるグリーンは、まるで額縁に収められた絵画のように美しい。
しかし、この美しさに魅せられて気を抜くと、見えないハザードが待ち受けている。
設計者は「美しさ」と「戦略性」を巧妙に組み合わせているのだ。
別のホールでは、ティーショットの落とし所が見た目には狭く見える。
しかし、実際に歩いてみると、思いのほか広いことがわかる。
これは視覚的な錯覚を利用した設計手法で、ゴルファーに適度な緊張感を与えながらも、実際には寛容さを備えている。
また、パー5の3打目地点に立つと、設計者の真意が見えてくることがある。
一見すると正面から攻めるのが正解に思える。
しかし、右サイドから攻める方が、グリーンの受けを利用できて結果的に有利だったりする。
このような発見は、机上では決して得ることができない。
設計者と同じ目線で、同じ景色を見ることでしか気づけない真実なのである。
歩いて回ることで見えてくるのは、設計者の「想い」だ。
ここで苦労して欲しい、ここで感動して欲しい、ここで戦略を練って欲しい。
そんな無言のメッセージが、コースの随所に込められている。
「旅するようにプレーする」ことの意味
司馬遼太郎の『街道をゆく』を愛読する私にとって、ゴルフは現代の道中そのものである。
18ホールという旅路には、様々な出会いと発見が待っている。
そして、その旅を豊かにするも平凡にするも、歩く人の心次第なのだ。
第1ホールで出会う朝の光。
第9ホールで感じる疲労感。
第18ホールで迎える達成感。
これらすべてが、設計者が意図した「物語」の一部である。
旅するようにプレーするとは、その瞬間瞬間を大切にすることだ。
スコアばかりに囚われず、風の音に耳を傾け、芝の香りを感じ、同伴者との語らいを楽しむ。
そんな余裕があってこそ、コースの真の魅力が見えてくる。
ある雨上がりの日、霧に包まれたグリーンでパットを打っていると、不思議な感覚に包まれた。
まるで雲の上でプレーしているような、幻想的な体験だった。
これもまた、設計者が意図したかどうかはわからないが、ゴルフという旅の途中で出会える特別な瞬間の一つである。
旅には予期せぬ出来事がつきものだ。
ゴルフも同じで、思わぬミスや偶然の好プレーが旅を彩る。
大切なのは、それらを含めて楽しむことだ。
設計者は、そんなゴルファーの心の変化まで計算に入れてコースを作り上げている。
だからこそ、私たちも設計者の想いに応えるような、心豊かなプレーを心がけたいものである。
記憶に残るホール:山下が選ぶ名シーン3選
30年間のゴルフ場人生の中で、忘れられないホールがいくつかある。
それらは必ずしも有名なコースのホールではない。
しかし、設計者の魂が込められた、特別な場所たちである。
栃木県・那須高原GC 14番ホール
パー4 380ヤード
私の原点ともいえるホールだ。
打ち下ろしのドッグレッグライト。
一見すると易しそうに見えるが、セカンドショットで真価を問われる。
グリーンは砲台で、手前には池が横たわっている。
父が「風が変わると、人も変わる」と言ったのも、このホールでのことだった。
追い風の日は思い切ってピンを狙える。
向かい風の日は手前から攻めて、寄せワンを狙う。
同じホールでも、風によって全く違う顔を見せる。
これこそが、設計者の意図した「選択の妙」なのだろう。
茨城県・常陸CC 7番ホール
パー3 165ヤード
支配人時代に何度も立ったティーグラウンド。
左手には小さな池、右手にはバンカー群。
グリーンは奥から手前に傾斜している。
このホールで学んだのは「勇気ある撤退」の大切さだった。
ピン位置が手前で、風が不安定な日。
そんな時は迷わずグリーン奥を狙う。
30フィートのパットが残っても、池ポチャよりはずっとマシだ。
設計者は「時には守ることも必要」と教えてくれているのである。
群馬県・軽井沢72 東コース 18番ホール
パー5 520ヤード
取材で訪れた際、雲海の中でプレーしたホール。
最終ホールにふさわしい、ドラマチックな設計だった。
2打目地点からグリーンが見えない。
手前の丘が視界を遮っているのだ。
しかし、その丘を越えると、突如として美しいグリーンが現れる。
まるで演出されたサプライズのようだった。
設計者は最後の最後まで、ゴルファーを楽しませることを忘れていない。
このホールで改めて感じたのは、ゴルフは単なるスポーツではなく、総合芸術だということだった。
これからのゴルフ場と世代を越えた楽しみ方
若いゴルファーに伝えたい”守り”の美学
最近、孫と一緒にショートコースを回る機会が増えた。
その中で気づいたのは、若いゴルファーたちの多くが「攻める」ことばかりに注目し、「守る」ことの美しさを見落としているということだった。
確かに、SNSで話題になるのは300ヤードのドライバーショットや、チップインイーグルといった派手なプレーだ。
しかし、本当に美しいゴルフとは、そうした瞬間的な輝きだけではない。
18ホールを通じて安定したプレーを続け、大叩きをせずにスコアをまとめること。
これにも、確かな美学がある。
例えば、難しいピン位置に対して、あえてグリーンセンターを狙う判断。
これは消極的なプレーではなく、積極的な「守り」である。
リスクを正確に計算し、最適解を導き出す。
そこには、攻めるプレー以上の知性と美しさがある。
また、トラブルショットからのリカバリーも、守りの美学の一つだ。
林の中からの脱出で、無理にグリーンを狙わず、確実にフェアウェイに戻す。
このような判断にこそ、ゴルファーとしての成熟が現れる。
設計者も、そのような冷静な判断力を持つゴルファーを高く評価する。
なぜなら、設計者の真意を理解しているからである。
若いゴルファーには、ぜひこの「守りの美学」を身につけて欲しい。
それは決して消極的なゴルフではなく、より高次元の戦略的思考なのである。
孫とのショートコース体験に見る新たな可能性
80ヤード、100ヤード、120ヤード。
孫と回るショートコースは、どのホールも同じようなパー3の連続だ。
しかし、この単調に見えるコースにこそ、ゴルフの本質が隠されていることに気づいた。
距離が短いからこそ、戦略性がより鮮明に見える。
ピンまで80ヤード、しかし手前には池がある。
孫は迷わずサンドウェッジを選択し、ピン奥を狙った。
「おじいちゃん、池に入るリスクを考えたら、奥から寄せワンの方が確実でしょ?」
その瞬間、私は驚きと感動を覚えた。
彼女はまだ始めて1年足らずなのに、すでに設計者の意図を理解していたのだ。
ショートコースの魅力は、気軽さにある。
2時間程度で回れるので、仕事帰りでも楽しめる。
また、初心者でも上級者と一緒にプレーできる。
これにより、自然と戦略的思考が身につく環境が整っている。
さらに、距離が短いことで「正確性」が重視される。
飛距離よりも方向性、パワーよりもテクニック。
これらは、どんなゴルファーにとっても重要なスキルだ。
私は孫とのラウンドを通じて、ショートコースこそが「これからのゴルフ場」の可能性を秘めていると確信するようになった。
設計者にとっても、限られた距離の中で戦略性を表現することは、大きな挑戦となるはずだ。
未来のコース設計者へ:自然と共に生きる設計思想
那須高原の澄んだ空気の中を歩きながら、私はよく考える。
これからのゴルフ場は、どのような姿になっていくのだろうか。
そして、未来の設計者たちには、どのような思想が求められるのだろうか。
一つ確実に言えるのは、「自然との調和」がより一層重要になるということだ。
環境負荷を最小限に抑えながら、それでいてゴルファーを魅了するコースを作る。
これは現代の設計者に課せられた重要な使命である。
私が関わってきたコースの中でも、最も印象深いのは自然の地形を活かしたホールたちだった。
人工的に造成されたホールよりも、既存の谷や丘を巧みに利用したホールの方が、時を経ても色褪せない魅力を保ち続けている。
また、未来の設計者には「多様性」への理解も求められる。
様々な年齢、技量、身体能力のゴルファーが、同じコースで楽しめるような配慮。
これは単にティーの位置を増やすだけでは解決できない、より根本的な設計思想の問題である。
設計者は「どんなゴルファーにも、その人なりの楽しみ方を提供する」という使命を担っている。
攻めることを好むゴルファーには挑戦的なルートを、守ることを重視するゴルファーには安全なルートを。
そして、その両方が美しく調和したコースを創造することが、未来の設計者に求められる技量なのである。
私の愛読書『街道をゆく』に「道は人を育て、人は道を育てる」という一節がある。
ゴルフ場も同じだ。
コースはゴルファーを育て、ゴルファーはコースを育てる。
そんな相互の関係性を理解した設計者こそが、次の時代のゴルフ場を創り上げていくことだろう。
まとめ
夕日が西の空を染める頃、18番ホールのグリーンに最後のパットを沈める。
一日の終わりに感じる充実感は、スコアだけでは測れない豊かさに満ちている。
「攻める勇気、守る知恵」——これこそがゴルフの本質であり、設計者が私たちに贈ってくれた最高の贈り物なのかもしれない。
コースを設計者の視点で読み解くことで見えてきたのは、ゴルフ場が単なる競技の場ではなく、人生の縮図のような存在だということだった。
困難に立ち向かう勇気を求められる場面もあれば、冷静な判断力が試される瞬間もある。
時には大胆な決断が必要で、時には慎重な選択が求められる。
これらすべてが、18ホールという旅路の中に凝縮されている。
設計者たちは、ただ難しいコースを作りたかったのではない。
ゴルファー一人ひとりが、自分なりの「道中」を楽しめるような場所を提供したかったのだ。
攻めることの爽快感、守ることの安心感、そして判断することの醍醐味。
これらすべてを味わえるからこそ、ゴルフは多くの人々に愛され続けているのである。
そして、これからも新しい世代のゴルファーたちが、同じように設計者の心を読み取り、自分なりの「攻め」と「守り」を見つけていくことだろう。
ゴルフ場は永遠に続く道中であり、私たちはその旅人なのである。
風が変わり、季節が移ろい、時代が変わっても、この旅の楽しさは決して色褪せることはない。
設計者の想いと共に、今日もまた新しい18ホールの物語が始まる。
最終更新日 2025年6月10日